About
二〇二四年夏。東京に住んでいた私は初めて能登を訪れました。
大切なうつわをあの日、一秒で失った人。代々受け継いだ御膳を、狭い仮設住宅には持って行けず手放した人。幾度の災害のたびに苦境の中で再起を誓い、全壊した窯を修繕する陶芸家...。
多くのモノを失い、選択肢が限られた被災地と、モノが目まぐるしく飛び交い、余白のない日々を送る私。異なる物質文化の狭間で考えました。
モノの先には生活がある。たとえ不要不急でも、人が人間らしく生きたいと思う時、モノは日々を潤し、時に勇気づけてくれると信じています。
作り手の跡があるうつわでごはんを食べる。そうして当たり前の日々を慈しめたなら。
二〇二五年四月尽。卯辰山山麓にあった一軒の金澤町家が息を吹き返しました。
煌びやかで権威的な工藝品が集まるひがし茶屋街を抜けると、そこには日々にそっと寄り添う日常器があります。
近くには山と川。気持ちの良い風が吹くこの地で、モノに宿る体温を感じながらゆったりと日々のお供を選んでいただけたら嬉しいです。
二〇二五年四月吉日
オープンによせて